ヤンの持っている非常発信装置には非常時にヤンの側から警報を発信するだけでなく、司令部側からヤン自身の所在を探知するための信号機能もある。 中庭を薔薇の騎士連隊員と共に探索したシェーンコップは、やはり落ちていた帽子以外の手がかりをつかむことは出来ず、警備部の館内管理用コンピュータでヤンの所在を探索していた。ユリアンはキャゼルヌに連絡を取っている。 アッテンボローの分艦隊は宙港の帝国軍艦隊の警備兼見張り役として配備されているためヤンのことについては触れずに帝国軍艦隊の動きに注意するよう促しておいた。 「…この信号の位置は配置図面上では中庭なんだが…」 だが中庭にはヤンの姿はなく、発信装置も見付かってはいない。 「准将、警備部と薔薇の騎士連隊で出入口の緊急封鎖と全館探索を行いました」 リンツが報告に来るが、よい結果が出たわけではないことは声や表情からすぐに伝わった。警備部にはヤンが行方不明であることは告げず、何者かの侵入があった可能性があると説明してある。 「リンツ…この位置は中庭に間違いないと思うが、中庭には何かシェルターのようなものがあったか?」 問われて画面を覗き込むリンツだったが、そもそも自分が知っているぐらいなら要塞防御指揮官であるシェーンコップが知らないはずはなかった。首を傾げるリンツにシェーンコップは渋面を作り、再びコンピュータを操作しはじめた。 だがコンピュータが示す図面はいずれも見慣れた配置図ばかりで、ヤンの行方を知る手がかりは見付からない。苛立ちにキーボードを叩く指にも力が入るが、それ以上のデータが出てくる気配はなかった。 「准将、キャゼルヌ事務監が…」 リンツの声に背後を振り返ると、珍しく服装に乱れたところのあるキャゼルヌがユリアンを伴って入ってくるところだった。この一大事に冷静沈着でいられるのもどうかと思うが、キャゼルヌらしからぬ強張った余裕のない表情を見た途端、この今の状態が現実のことなのだとシェーンコップは実感した。 「…キャゼルヌ事務監、お呼び立てして申し訳ない。事情は聞かれましたね?」 「ああ、ユリアンからは…それでヤンの行方の手がかりは?」 両手を返して首を振る要塞防御指揮官に、キャゼルヌは眉を顰めた。 「非常発信装置からは掴めないのか?」 「それが、信号の出ている中庭には御本人も発信装置も見付からないのですよ。事務監は中庭に我々の知らない設備があるとは聞いておられませんか?」 「中庭に?」 シェーンコップの開いている画面を後ろから覗き込んで、ざっと眺めたと思うとキャゼルヌは口を開いた。 「…この配置図は…違うな」 「違う?」 キャゼルヌの発言にシェーンコップとリンツが目を剥く。警備部の使用している配置図が不正確だとしたらとんでもないことだった。 「いや、違うと言ってもこれ自体が間違っているわけではないんだ。これはいわゆる一般用の配置図で通常はこれで用が足りる。実は、つい10日前に機密データの中に別の配置図を発見したんだがヤンに内容を伝えたら『用はないだろうから放っておいてくれ』と言われて…」 「別の配置図?中身を見られたのですか?」 「ああ、ヤンは見ていないが、俺は念のため見ておいた」 「どう違うのです?」 「司令部からの高官用脱出経路がいくつか記されていたんだ。それでヤンは用がないからと…中庭…そうだ、中庭から宙港へ向かう経路が1本あった…!」 「事務監!配置図を出してください!リンツ、アッテンボロー少将に通信!」 短く返事をしてリンツが通信機器へと走る。キャゼルヌはユリアンを連れて事務監執務室の機密データ保管庫へ行くために警備部を出て行き、シェーンコップはリンツの方へ歩み寄りながら身に着けていたブラスターを取り出して確認している。 「准将!アッテンボロー少将です!」 通信画面に映ったアッテンボローはシェーンコップの表情に何かを感じ取ったのか常とは違う緊張した面持ちであった。 「アッテンボロー少将、そちらの帝国軍艦隊に何か動きはないか?」 「いや、特に何も。今のところは昨夜と少しも変わったところはないが…つまり、そちらでは何か起こったということか?」 アッテンボローの見立てはおそらく間違いないだろう。ということは帝国軍としての行動ではないのか? 「ああ…落ち着いて聞いてくれ」 アッテンボローが頷くのを確認してシェーンコップは口を開いた。 「実は、司令官殿が行方不明だ」 「先輩が!?」 顔色を変えて立ち上がったアッテンボローをシェーンコップは手で制する。 「落ち着けと言っただろう。騒ぎを大きくしては帝国軍に足下をすくわれるぞ」 「でも…帝国の仕業かも知れないだろう!」 「それでもだ」 「……」 納得のいかない表情だったがアッテンボローはひとまず座り直した。 「どうするんだ?」 「帝国の仕業かどうかはともかく、貴官らはそのまま帝国軍艦隊を見張っていた方がいいだろう。何か変わった動きがあればキャゼルヌ少将に連絡を入れてくれ。もし間に合いそうになければその時の判断は任せる」 「…了承した」 今すぐにでもヤンを探しに行きたいとアッテンボローの苦渋の表情は訴えていたが、アッテンボローがヤンのために自らの立場と責任を放棄することをヤンは許さないだろう。それが分かっているがために彼はシェーンコップの意見を聞き入れて宙港へ留まることを容認したのだった。 「シェーンコップ准将!配置図だ!」 アッテンボローとの通信を一旦切ったところでキャゼルヌとユリアンが戻ってきた。 キャゼルヌの手にした情報チップをユリアンが警備部の管理コンピュータに挿入しデータ抽出の操作をする。 データを読み込んで再構築するまでのほんの数10秒が息苦しいほど長い時間に感じた。 「出ました!」 ユリアンの声を聞くまでもなく、全員が画面に注目していた。 「中庭の脱出口…ここか!ここは、帽子が落ちていた噴水付近から近いぞ!」 シェーンコップの声に全員が顔を見合わせた。 「どうやって入るんだ!?正確な座標と進入方法を調べてくれ!」 「はい!」 ユリアンが素晴らしいスピードでキーボードを操作していく、座標は入力されていたデータから容易に打ち出せたが、進入方法の検索に時間を要した。しかし、ユリアンの懸命な検索により、1階通路の壁に操作パネルが埋め込まれていることが判明した。 「俺とリンツは中庭へ向かう。事務監はアッテンボロー少将から連絡があるかもしれないから通信をまかせます。我々からも通信をいれますから。それとユリアン!操作パネルで脱出口を開けてくれ!」 シェーンコップの指示に頷いて、各々がそれぞれの役割を果たすため、一刻も早くと目的の場所へ散って行った。
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