銀河帝国元帥であるオスカー・フォン・ロイエンタールとウォルフガング・ミッターマイヤーの両名は、銀河帝国皇帝であるラインハルト・フォン・ローエングラムに内密の用件とやらで呼び出されていた。 「一体どうされたといのだろう?カイザーは…。」 わざわざ夜の皇宮に二人を招くという、まわりくどいやり方で呼び出すとは何か不穏なものを感じずにはいられない。ミッターマイヤーは皇帝の身になにか…と緊張した面持ちだったが、ロイエンタールの方は何を考えているのか平然としている。 「ロイエンタール、卿は何か知っているのか?」 あまりに無表情に歩みを進めるロイエンタールに、ミッターマイヤーは尋ねた。 「ああ…まあ知っていると言えば知っているような気もするな。」 「なんだそれは…」 ロイエンタールのいい加減とも言える返事に、ミッターマイヤーは脱力感を感じた。 「用件はカイザーがおっしゃるんだから、何も今からそんなに心配せずともよかろう。相変わらず卿は心配性だな。」 「卿はいい加減すぎだ!」 そうこう言っているうちに皇宮内のラインハルトのプライベートエリアに到着し、二人は到着を待っていた警備兵に中へ通された。 ラインハルトの人となりを表すかのように華美な装飾の少ない室内は清潔に整えられてはいたが、どことなく寂しい印象があった。 「夜分にすまないな、二人とも…」 二人を招き入れたラインハルトは、随分と憔悴しているように見受けられた。 「カイザー、お身体のお具合でも悪いのですか?」 ミッターマイヤーがラインハルトに接見したのは、ほんの3日前のことである。 その時にはまったくそのような様子には見えなかったので、ミッターマイヤーは驚いてラインハルトに近寄った。 「いや、身体は何ともないのだ。」 心配させてすまない、とラインハルトは微笑んでみせる。 だが何ともないとは、とても思えないミッターマイヤーだった。 「お身体は、と言いますと、何か心配事でも?」 ラインハルトがソファに腰掛けたのを確認して、ミッターマイヤーとロイエンタールも腰掛ける。 ロイエンタールは先程からひと言も声を発していない。 侍従が3人にコーヒーを運んできたので、ひとまず口を付けた。 「実は卿らに相談があるのだが…」 これまでどんなとんでもない相談や命令もあっさりと口にしてきたラインハルトがこんなに躊躇っているのを二人は初めて見たように思う。 ラインハルトの白皙の美貌に、疲労の影が色濃く見えていた。 「実は、恥ずかしい話なのだが…」 いったん言葉を止めて、ラインハルトはさまよっていた視線を二人に向けた。 「…好きな女性ができたのだ。」 「は!?」 今度も声を発したのはミッターマイヤーのみであった。 ロイエンタールは何故か頷いている。 「え、っと、そのカイザー、それはおめでとうございます…と言うか、その女性は私たちも知っている方でしょうか?」 まったく何も言う気がなさそうなロイエンタールを内心恨みながら、ミッターマイヤーは言葉を繋いだ。 今さらではあるがその相手は十中八九、ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフのことであろうと踏んだのだ。 「うむ…知っているかも知れないし、知らないかも知れないのだが…」 どこかで聞いたその言い回しに、ミッターマイヤーはくらくらする頭を押さえた。 「カイザー、失礼ながら私には意味がよく分からないのですが…」 少なくともヒルダではないらしい。 「…すまない。なんと言ったらいいのか、よく分からないのだ。卿らは同盟領で流行しているアイドルというものを知っているだろうか?」
「新世紀アイドル☆ヤンヤンですね。」 今の今までひと言たりとも発しなかったロイエンタールが、何のことか分からなくて言葉に詰まったミッターマイヤーを差し置いて答えた。
「…そうだ、新世紀アイドル☆ヤンヤンだ。」 ラインハルトも驚いたようにロイエンタールを見る。 どちらも美形と評されるラインハルトとロイエンタールの二人の口から出たとは思えない不可思議な名称を聞いて、ミッターマイヤーは眉間に皺を寄せた。 「なんなのですか?そのヤンヤンとやらは…」 「「アイドルだ。」が?」 二人に同時に返されて、ミッターマイヤーはますます眉間に皺が寄るのを感じた。 「…つまりカイザーは、そのヤンヤンとかおっしゃるアイドルの女性がお好きなのでしょうか?」 そもそもこれまでアイドルなどというものは銀河帝国には存在しておらず、この度同盟領を占領したことによって同盟の文化が帝国に逆輸入されてきたという経緯があり、ミッターマイヤーなどはそういうものに特に興味がなかったため、その存在すら知らなかった。 「そ、そうなのだ。」 ラインハルトは顔を赤くして俯いた。 銀河帝国皇帝も色恋沙汰に関しては10代の少年にも負けるかも知れない…。 ミッターマイヤーはエヴァンゼリンと結ばれる前の自分自身を思い出して微笑ましい気持ちになり、眉間の皺も少し回復した。 「しかしカイザー、そのヤンヤンさんは同盟領にいらっしゃるんでしょう?カイザーはヤンヤンさんにお会いになりたいのですか?」 「で、出来れば…逢いたい!」 握り拳を握って、ラインハルトはミッターマイヤーに訴えた。 「では、ヤンヤンさんを銀河帝国にご招待してはいかがでしょう?」 「…来てくれるだろうか?」 「カイザーのご命令を拒否されることはないと思いますが…」 「余は、そういうのはイヤなのだ。」 拗ねたように顔を背けるラインハルトに、ミッターマイヤーはグリューネワルト大公妃を思い起こし、口を噤んだ。 「カイザー、そんなにご心配なさらずとも、まずは祝賀イベントを執り行うという名目でヤンヤンに出演依頼をするとういのは如何ですか?」 何かを考えていたらしいロイエンタールが提案すると、ラインハルトもやや考えた後に頷いて見せた。 「そうだな、個人的にというのでは彼女も気を遣うだろうから、取り敢えずはその方向で話を進めてみよう。」 「それでは、出演交渉は私に任せていただけますか?マインカイザー。」 ヤンヤンに対して随分とやる気をみせるロイエンタールに、ラインハルトは彼の異名と行状を思い出して眉を顰めた。 「…ロイエンタール元帥、卿は随分とヤンヤンに興味があるようだが…まさか…、まさかとは思うが…」 「…とんでもない、私はちょっとばかりアイドルとしてのヤンヤンに興味を持っているだけでして、別に女性として見ているわけではありません。そのあたりはご安心ください。」 あっさりと否定するロイエンタールだが、残る二人はどちらも信用していない様子だった。 「いや、卿には他に仕事が多くあるだろうから、交渉は他の者に当たらせることとしよう。」 ラインハルトの判断にミッターマイヤーも深く頷いた。 「そうですか、それでは万が一その者が交渉に頓挫した暁には、是非このロイエンタールにお任せくださいますよう…。」 「う、うむ。…まあ、万が一のことだがな。」 方針が決まり、ミッターマイヤー、ロイエンタール両元帥は皇宮を辞した。
「ところで…、卿は本当にヤンヤンとやらに興味があるのか?」 帰る道すがら、漁色家でならしたロイエンタールが訳の分からないアイドルとやらに興味があるというのがどうにも納得できず、ミッターマイヤーは詰め寄った。 「卿はヤンヤンを見たことがあるのか?」 反対に問い返されて、ミッターマイヤーは首を振った。 「いいや、名前だって今日初めてカイザーと卿から聞いたぐらいだ。」 「そうか、では特別に見せてやろう。」 そう言って、ロイエンタールは懐から皮の手帳のようなものを取り出した。 どうやら手帳ではなく写真帳らしい。いったい何枚の写真を納めているのか数えてみたいものである。 「これがヤンヤンだ。」 ロイエンタールに手帳を開いて手渡された写真を一目見て、ミッターマイヤーは感嘆の声を上げた。 「なるほど、確かに美しい女性だな。年齢はカイザーより少しお若いかな?」 「そう見えるか?」 「ああ、違うのか?」 「いや…公開プロフィールでは、20歳と言うことだ。」 「ふむ、年齢的にはカイザーと釣り合いも取れているな。」 真剣に皇妃として如何かということを考えているミッターマイヤーを見て、ロイエンタールは皮肉気な笑いを浮かべた。 「心配するなミッターマイヤー、ヤンヤンが皇妃になることは絶対にあり得ないからな。」 「どういう意味だロイエンタール。卿、やはり何か企んでいるのではあるまいな。」 「…そう疑われるのは心外だが、まあいい。そのうち卿にも分かるだろう。」 意味深な笑みでもってロイエンタールは一方的に話を終わらせ、待っていたランドカーにさっさと乗り込んだ。 「待て、ロイエンタール!まだ話は終わっていないぞ!」 追い掛けようとするミッターマイヤーを残して、ロイエンタールの乗ったランドカーは闇の中へ消えていく。 「まったく何を考えているんだか…」 苦労性のミッターマイヤーは、ラインハルトとロイエンタールの間に挟まれることで、胃の辺りが重くなるのを感じていた。 「ヤンヤンか…確かに美人だが何処か油断できないものを感じるな。俺はやっぱりエヴァンゼリンの方がいい!」 愛妻の顔を思い浮かべて、我が家に帰るべくミッターマイヤーもランドカーに乗り込んだ。
「ヤンヤン…近いうちに逢えるだろうか…?」 二人を見送った皇帝ラインハルトは、窓辺に立って、ヤンヤンがいるであろう同盟領の方角を 見て溜め息をついた。 胸にはオークションで競り落とした大事なヤンヤンのブロマイドがシンプルな写真立てに入って抱き締められている。 柔らかそうな黒髪に理知的な黒い瞳のヤンヤンは、ソファに横たわって可愛らしくこちらを見上げていた。 もちろんドレスはきちんと着ている。彼女は決して低俗なグラビアアイドルとは違うのだ!と最近知った用語を使って心の中で力説するラインハルト。 「ロイエンタール…、やはり彼は何を考えているか分からない。ヤンヤンに近づけないようにしなくては!」 固く決意し、ラインハルトは星空に向かって愛しのヤンヤンの名前を叫んでみた。
皇宮の警備兵達の間でもとっくに『新世紀アイドル☆ヤンヤン』は大人気だったので、彼らは皇帝の心情を察し深く深く頷いたのであった。
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