『新世紀アイドル☆ヤンヤンの熱愛発覚!?』 銀河帝国放送という歴とした国営放送で放映されているとは、とても思えないワイドショー的ニュースは銀河帝国皇帝ラインハルト・フォン・ローエングラムをも驚愕させた。 「ななな、なんだと!一体どういうことだ!?」 執務室に隣接する応接室で食後の紅茶を味わいながら、ニュース番組を見ていたラインハルトは驚いた拍子に、飲んでいた紅茶をティーカップごと落としてしまったが気付いている様子もない。 その紅茶も実はヤンヤンが雑誌のインタビューで『珈琲は嫌いなの。紅茶の方が好き。』と答えたと知って、珈琲をやめて紅茶にしているのだ。茶葉もヤンヤンの好きなアルーシャ葉とシロン葉を用意させた。 「ええい!はっきりしないか!国営放送のクセに事前に余に報告しないとは何事だ!」 大画面立体TVに貼り付いて、画面を揺さぶる銀河帝国ローエングラム王朝初代皇帝ラインハルト。 画面上では、司会の男女とコメンテーター数名がヤンヤンの紹介映像を見て、ヤンヤンの最近の活躍ぶりについて会話をしている。 「熱愛は!?熱愛はどうなっているんだ!?」 こぶしを握りしめて叫ぶが画面の向こうには聞こえるはずもない。 「陛下、いかがなさいましたか?」 常にないラインハルトの剣幕に、親衛隊長のキスリングが緊張した面持ちで足早に入室してくる。 しかし、ラインハルトが立体TVと向き合っているのを見て、強張った表情は安堵に変わった。
主君が今、新世紀アイドル☆ヤンヤンに夢中であることをキスリングは重々承知していたため、立体TVが放映する彼女の映像を見て原因を察知したのだった。 「キスリング!これは本当なのか!?」 「これと申しますと…?」 とは言えラインハルトがその放送に対して不快を示していることは見て取れたので、キスリングも立体TVに近付いて、テロップや会話の内容を確認する。 「ええと、ヤンヤンに熱愛発覚…?」 『えー、それでは現場から中継です』 キスリングがテロップを読み上げたと同時に画面が中継へ切り替わる。 国営放送が同盟領からの生中継を行うのは、ラインハルトがヤン艦隊に辛くも勝利し首都ハイネセンの土を踏んで以来のことだった。
『現在、同盟領ハイネセンでは新世紀アイドル☆ヤンヤンの記者会見が始まろうとしています!』 「なっ、なに!?ななな、生中継でヤンヤンの記者会見だと!?」 「ほう、これはすごいですね」 激しく動揺してキスリングの胸元を掴んで揺さぶるラインハルトと、その仕打ちを平然と受けながら淡々と答えるキスリング。 『え〜、まだヤンヤンさんは出てきませんね』 「キスリング!余は今すぐハイネセンに行く!」 「残念ですが今すぐ向かわれても記者会見には間に合いませんね」 「なにを平然としてる!?ヤンヤンに恋人がいるかもしれないのだぞ!」 「陛下…それよりもヤンヤンさんがTVに映っていますが…」 淡々と返すキスリングと反比例する勢いで動揺が大きくなるラインハルトだったが、キスリングのひと言で我に返ったのか、キスリングを放り出して立体TVの画面にかじり付いた。 「ヤンヤン!!!」 ラインハルトはこれまで生でヤンヤンを見たことはなく、動いているヤンヤンを見ることができたのは唯一帝国放送での放送が許可されているヤンヤンがヒロインの連続ドラマ【愛と宿命のイゼルローン】しかなかったのだった。(もちろんラインハルトは録画している。しかも視聴用と保存用の2種類である。) それ以外に帝国内で入手できるのは同盟領で放送されたCMやドラマの海賊版コピーしかなく、ラインハルトの立場では欲しくても欲しいと言えない状況だった。しかしヤンヤンを見たいばかりに同盟製の番組すべてに放送許可を与えるわけにもいかず、ラインハルトは辛い立場にあった。 そんなラインハルトが初めて演技ではないヤンヤンの動く姿を見て感激し、白皙の頬をバラ色に染めている様を目の当たりにして、キスリングは目頭が熱くなるのを感じた。 (しかし…初めてヤンヤンを中継とはいえ生で見る機会を得たのにそれが熱愛発覚記者会見とは…お気の毒に、陛下…) そうしている間にも画面の中では記者会見の進行役が記者やカメラマンに注意事項を説明している。進行役は鉄灰色の髪と瞳を持った若い男だった。 『え〜記者会見の進行は、どうやらヤンヤンさんの所属プロダクションの代表取締役であるアッテンボロー氏が行うようですね…あ』 「あああっ!」 帝国放送の中継アナウンサーの声に重なるようにラインハルトが声を上げた。 進行役のアッテンボローがヤンヤンの手をとって雛壇の階段を昇らせたからである。 「なんだ!あの男は!ヤンヤンに何をする!余が成敗してやる!」 ラインハルトは男性が女性をエスコートするのは当然のことという認識は持っているが、ことヤンヤンに関わるとなると『常識』の二文字は遙か彼方、まるでアッテンボローがヤンヤンに無体なことをしているかのように見えるらしい。 だがアッテンボローがヤンヤンにまったく何もしていないかというと、そうとも言い切れないのでラインハルトの見解はあながち外れてもいないのだが。 『え〜それでは質問をどうぞ』 会場のあちこちでフラッシュが焚かれる中、アッテンボローが促すと途端に四方八方から記者の声が飛んだ。 『ヤンヤンさん!お相手の男性は誰なんですか!?』 『本当に恋人関係なんですか?』 『どのようなお付き合いをされているんですか!?』 ヤンヤンは白いテーブルクロスのかかった机の上で両手を重ね、緊張に顔を強張らせて、ウェーブのかかった長い黒髪が頬に影を落とすように俯き加減に会場を見ている。 その姿は寒さに震える小鳥のように儚げで(ラインハルトビジョン)、ラインハルトは一万光年の彼方であろうとも今すぐヤンヤンの傍へ行き、彼女を優しく抱き締めてあげたいと思った。 だがいかにラインハルトが世を統治する皇帝であろうともそれは不可能なことであり、今のラインハルトに出来ることは画面の中のヤンヤンを見守ることだけである。 「そう言えば、そもそもヤンヤンの相手というのは誰なのだ!?」 「そうですね…相手の名前は出ていませんね」 キスリングもラインハルトの後ろに控えて興味深げに画面を見つめている。キスリングもラインハルトほど熱烈なファンではないがヤンヤンは嫌いではない。【愛と宿命のイゼルローン】は帝国と同盟の二人の青年士官がヤンヤン扮する同盟出身のヒロインを取り合うというストーリーだが、なかなかよくできたドラマだと思っている。 相手というのはもしやドラマの出演者の誰かだろうか? 『ヤンヤンさん!噂のお相手のお宅に泊まったというのは本当なんですか!?』 「な、な、な、なんだと〜!!!」 ラインハルトは驚愕のあまり、キスリングの首を両手で掴み激しく揺さぶった。 今度こそちょっと気が遠くなるのを感じてキスリングはラインハルトの近くにいたことを後悔したが、それすらも親衛隊の仕事なのかもしれないと遠くなる意識の隅で考える。 しかしラインハルトはぐったりしたキスリングから手を離すと冷たく言い放った。 「キスリング!何を寝ている!起きろ!記者会見は終わっていないぞ!」 (ひどいですラインハルト様…) 自分のした仕打ちも忘れて、キスリングの頬を叩いて起こすラインハルトにキスリングはそっと涙した。
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