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  〜あなたとスキャンダル・中編〜

by.朔夏



「噂のお相手のお宅に泊まったというのは本当なんですか!?」
 新世紀アイドル☆ヤンヤンなどという恥ずかしい芸名を与えられ、不名誉きわまりない女装姿で多くのカメラやリポーターの前に引っ張り出されている今の状態を迎えるに当たり、そもそもの発端となる【新世紀アイドル☆ヤンヤン】としての活動を認めてしまったことをヤン・ウェンリーは心の底から後悔していた。
 アッテンボローの口車に乗せられて『未来の危機に備えての資金づくり』に協力するという名目で、ほんの少しだけなら…と渋々承知したのだが、アッテンボローに商才があったのか、はたまた時流に乗ってしまったのか、あれよあれよという間に新世紀アイドル☆ヤンヤンは同盟領一の人気を誇るトップスターとなってしまっていたのだ。(帝国での人気についてはヤン自身はまったく知らない。)
 毎日毎日、やれドラマだコマーシャルだ雑誌の取材だと引っ張り回され、挙げ句の果てには芸能リポーターだのゴシップ雑誌の記者だのに追いかけ回される日々。
 ちなみに今撮影中の連続ドラマのヒロイン役は、過去の出来事のショックで精神を病んでいて口がきけないという設定のためセリフがないのが救いである。
  噂によると最終回に帝国と同盟の青年士官のどちらかとくっつくらしいが、それを立体TVの人気投票で決めるらしく、まだどちらとくっつくのか決まっていないそうだ。
 この撮影だって相手役の青年士官2人が撮影後にまでヤンヤンを連れ出そうとしたり送っていこうとしたりするので、いつも断るのに苦労している。
  大抵はシェーンコップか元薔薇の騎士連隊が設立した警備会社のメンバーが姿を現し、相手役を威嚇して黙らせてしまうのだが、だからこそ余計に撮影の合間の休憩中などは今がチャンスとばかりに迫られて、いささか困り果てているのだった。
 相手役の2人はどちらもヤンヤンがデビューする前から芸能界にいた若手俳優で人気はかなり高いらしい。
 ヨブ・トリューニヒト程とは言わないものの口調や仕草がどうにも気障ったらしく、尊大にも感じられてヤンは好きになれないのだが相手役ということで撮影が終わるまではうまく付き合わなければならない。
 かといってヤンに気の利いた断り文句など思いつけるはずもなく、いつも『社長に怒られるから』『次の仕事が入ってるから』と主体性のない断り方しか出来なかったので、相手の2人は自信過剰も手伝って『自分こそがヤンヤンの恋人候補だ』と火花を散らしている、と付き人をやってくれているフレデリカは言っていた。
 ヤン自身は2人はただ単にお互いのライバル意識でヤンヤンを取り合っているだけだと思うのだが。
 なんと言ってもヤンヤンが20歳の女性だというのも真っ赤な嘘だし、もう30を超えた男がどんなにうまく女装したって男から見て魅力的に感じられるとは思えない、とヤン自身は思っている。
 それならばヤンヤンが何故このように人気があるのかと問われれば、『そんなこと私に聞かないでくれ』としか返答できないのだった。
 それで、どうして今のような状態に陥ったのかというと。
 連日の仕事や取材やファンの攻勢などにヤンの精神的ストレスは戦闘時以上に高まっていた。
 そんな時にアッテンボローが営業活動のためにハイネセンを離れたのである。
 そして折悪くフレデリカも叔母が体調を崩して入院したとかで付き人を2〜3日友人の女性に交代してよいかと言うので、ヤンは快諾した。アッテンボローやフレデリカほどヤンの性格を熟知していない友人女性はヤンの『もう帰っていいから。帰りはシェーンコップと一緒だから心配いらない』という言葉を素直に信じて、シェーンコップの到着前に連続ドラマ【愛と宿命のイゼルローン】撮影現場にヤンを1人にして帰宅してしまったのである。
 そうすると当然の如く迫ってくるのはドラマの相手役の2人。
 今までにない絶好の機会に2人の攻勢はすさまじく、同盟軍随一の智将と言われたヤン・ウェンリーも艦隊戦でもなければ頭脳戦でもない、生身の(対外的には)女性として2人をあしらうには学習と経験値が不足していた。
「だから、本当に困るんです!」
 撮影現場から控え室に戻る途中の廊下で、相手役の1人である俳優の…確かアルフレッドとかいう帝国士官の青年(名前は覚えていなかったので役名である)に手を取られて資材置き場の倉庫に続く脇道へと押しやられた。
「どうして?君は僕のことが本当は好きなんだろう?いつも撮影中に僕の方を潤んだ目で見ているじゃないか」
「そんなことない…です」
 ヤンは疲れていつも眠たくてボーっとしているだけなのだが…。
「僕も君のことが好きなんだよ?君の黒い瞳も柔らかそうな唇もとても素敵だ…」
 そう言って顔を近づけてくる帝国からの亡命者を父に持つという青年にヤンは鳥肌が立ったが、いつの間にか両手をしっかりと握り取られていて押し返すこともできない。
 いくら同業者で同じドラマのメンバーとはいえ、これ以上の行為は許されるものではないだろう。
 こうなったら足を使うしかない!
 そう考えたヤンが勝手知ったる男の急所めがけて足を振り上げようとした時、もう1人の相手役が現れた。
「女性に無理強いはよくないな」
 こちらは同盟軍士官の役のエーリックとかいう名前だった(これも役名だ)が、アルフレッドの手首を強い力で握ったようでアルフレッドは顔をしかめてヤンの手を離した。
「ありがとう…」
 一応助けてもらったようなのでエーリックに礼を言ったのだが、何故かそのまま今度はエーリックが腰に手を回してきた。
 エーリックは生粋の同盟人で、いつも明るく周囲に笑いを起こさせる口調がどこやらの撃墜王を彷彿とさせる。
「そうだよな?君は俺の方が好きなんだから、こんなヤツを相手にするはずがない」
「ええっ!?」
 驚くヤンの手をエーリックは当然のごとく持ち上げ、止める間もなく手の甲に唇を押しつけてくる。
「ああ、君の手はすべすべとして美しい…きっと君の肌はどこも手触りがいいんだろうね?」
「な、なに、何を…っ」
 最早、鳥肌どころか気が遠くなりそうであるが、こんなところで気を失ってはヤンヤンだけでなくヤン・ウェンリー自身にも一大事である。
「彼女がいつお前に気があると言った!?」
 エーリックの反対からはアルフレッドがヤンの肩に手を回し、手を取る。
「分からないのはお前だけさ。ヤンヤンは全身で俺が好きだと言ってるじゃないか」
「いいや、ヤンヤンが好きなのは僕の方だ!君こそ彼女から手を離せ!」
「手を離すのはお前の方だ。心配しなくても最終回には彼女は俺のものだから、お前はもう退場しろよ」
「何を!人気投票は僕の方がリードしているんだからな!ヤンヤンと一緒になるのは僕だ!」
 ヤンを間に挟んで、2人の言い合いはブラックホールよりも深い思い込みによって激しさを増していく。
 しかも2人の声を聞きつけて、野次馬根性のスタッフ達が集まり始めていた。
(どうしよう…アッテンボローに怒られる…それよりどうやってこの場を逃れたらいいんだろう…)
 智将ヤン・ウェンリーの頭脳を持ってしても、このような未経験の状況を打破できる戦術は思い浮かばなかった。
 ヤンの頭の中が白くなっている間にも勘違いをしている2人の青年は言い合いを続け、そのうち燃え上がった火の粉は、このまま知らぬふりを決め込みたいと思っているヤンに向かって飛んでくるのだった。 
   
        

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