「「ヤンヤン!君はいったいどっちが好きなんだ?」い?」 「はあ!?」 ふざけるな、と言いたいところだがヤンの両側に陣取った人気俳優2人は真剣な眼差しでヤンを見ている。 「えーっと…」 さらに前方の廊下に目を向けると大量の野次馬達が興味津々の目で3人を見ている。 その中にヤンの見知った顔があった。 「中…じゃない、シェーンコップ!」 野次馬に紛れて頭ひとつ分高い位置でシェーンコップが人の悪い笑みを浮かべてヤンと2人の青年の悶着を見ているのだ。 来ているのならさっさと助けてくれればいいのに面白がっているとしか思えない。 「ヤンヤン!どこへ行くんだい?」 「そうだ!まだ返事を聞いてないぞ?」 2人を振り切り、シェーンコップに向かって走り出そうとするが、両側からがっしりと掴まれていてヤンの足は目的の方向へ向かうことは出来なかった。 「離してください!」 ヤンは声を荒げるが野次馬に囲まれて収まりのつかない青年2人はどちらもヤンの身体に回した手を離しそうにない。 ヤンは腕組みをしたまま見ているシェーンコップに必死で視線を送り助けを求めた。 「…姫君のお望みとあらば手助けいたしますが?」 やっとヤンの希望を叶えてシェーンコップが野次馬を掻き分けて人垣の前に足を踏み出すと、ヤンを拘束していた2人の視線がシェーンコップに移動し、ヤンを掴んでいた手が緊張を孕んだ。 「な、な、な、なんだ、お前は!ボディーガードだかなんだか知らないが今は取り込み中なんだ!」 「そ、そうだ!ヤンヤンとはプライベートで話してるんだから、終わるまで待っていたまえ!」 ヤンはほんの一瞬この2人に感心した。 いくらシェーンコップが元・薔薇の騎士連隊長だと知らないとはいえ、彼の顔つきや身体や取り巻く雰囲気を身近にしてよくそんな言葉を口に出来るものだ、と。(2人とも声はやや震えてはいたが。) 「ほう、では君たちはプライベートでか弱い女性を羽交い締めにして迫っているというのかな?」 「は、羽交い締めなんて…!」 「ちょっと触っているだけじゃないか!」 「ちょっとねえ…嫌がる女性に触れること自体が犯罪の要素を含んでいると判断するがいかがかな?」 シェーンコップが一歩ずつゆっくりと近付いてくる。 その一歩ごとに青年2人の震えが大きくなり、呼吸が荒くなっていくのをヤンは感じていた。 「ではヤンヤンさん、あなたはプライベートでそのお二人とお付き合いされるつもりがありますか?」 シェーンコップの質問にヤンはしっかりと首を左右に振った。 「いいえ、あくまで仕事上でのお付き合いしかいたしません!」 「だそうだが、まだヤンヤンさんから手を離さないつもりですかな?」 シェーンコップは笑っていたが、その笑みには向けられた者の心胆を寒からしめる効果があったようである。
2人は感電でもしたかのような勢いでヤンから手を離し、ついでに身体も遠ざけて背後の壁に貼り付いた。 多くの野次馬の前でこうなってしまっては色男も台無しである。 だがヤンにとっては、そんなことはどうでもよいことであった。 早く帰りたいのにいらぬ騒動に巻き込まれた上に、シェーンコップは面白がって助け船をなかなか出さない。 やっと解放されてほっとしたと同時にヤンの機嫌は最悪である。 「シェーンコップ〜!」 上目遣いにシェーンコップを睨むが、当の本人は平然と笑っている。 「それでは姫君、参りましょうか?」 シェーンコップはヤンの手を取ると腰に手をやって完璧なエスコートの姿勢をとって廊下に向かって歩き出した。 行く手を塞いでいた野次馬達もシェーンコップの一瞥によって人垣が綺麗に割れる。 ヤンは野次馬達の顔を見ないようにしながらシェーンコップのエスコートにまかせて撮影スタジオを後にしたのだった。 「覚えていろ、今夜は朝まで(酒に)付き合ってもらうからな!」 シェーンコップがドアを開けてくれた送迎用の地上車に乗り込みながらヤンは拗ねた口調でシェーンコップを脅した。 「おやおや…それはまあ、姫君のお望みとあらば私に異存はございませんが?」 それが果たして脅しになったのかはシェーンコップの心情次第なのだが、どう見ても嫌そうには見えない(というか嬉しそうな)ので、ヤンの復讐はその用を為していないようである。 それよりもヤンはこの時、重要なことを失念していた。 ヤンとシェーンコップを乗せた地上車を追って数台の地上車がほぼ同時刻にスタジオを出発し、ヤンの脅しに乗ったシェーンコップの住んでいるマンションに到着したのである。 それは以前からヤンヤンを追い回していたゴシップ雑誌の記者やカメラマン達であった。 2人が車から降りてマンションの入り口を入る様子をフラッシュなしで撮影するカメラマン達。 興奮気味に契約先の雑誌社に電話して様子を伝える記者達。 ヤン自身は既に自分が新世紀アイドル・ヤンヤンの姿で来ていることなどすっかり忘れてシェーンコップを相手に酒盛りを始めている。そしてヤンヤンになってからの様々な愚痴をシェーンコップに訴えながらの酒盛りは本当に明け方近くまで続いたのだった。 そして翌朝というか昼前に、ヤンはすっきりと目覚めた。 溜まりに溜まっていたストレスを飲酒と愚痴大会で発散して、それはもう気分爽快だった。シェーンコップも目の下にうっすらとクマが出来てはいたが、それなりに幸せな時間だったようである。 その爽快なひとときを切り裂いたのは一本のヴィジフォンであった。 「中将!先輩!なんてことしてくれたんですか〜!!!」 怒っているのか悲しんでいるのかどちらとも取れる複雑な表情で喚いてアッテンボローはヴィジフォンの向こうで机に突っ伏した。 「ど、どうしたんだい?アッテンボロー…」 「どうしたもこうしたもありません!なんで先輩が中将のマンションにいるんですか!外は大変なことになってますよ!!!」 「外…?」 ヤンの言葉を聞いて、シェーンコップがブラインドの隙間からマンションの前を覗く。 「ほう…これはなかなか壮観ですな」 「なにがだい?」 「テレビを付けて見てください」 「テレビ?」 ヤンは周囲を見回し、テレビのリモコンらしきものを見つけると電源ボタンを押してみた。
『こちらが新世紀アイドル☆ヤンヤンの恋人のマンションと思われる建物です!』 「ええっ!?」 思わずリモコンを取り落とすヤンに苦笑してシェーンコップは窓際から戻ってくる。 「外は報道陣でいっぱいですよ?これではとてもマンションから出られそうにありませんね」 「そんな…どうしようアッテンボロ〜」 ヤンは情けない顔でアッテンボローに助けを求める。 アッテンボローは画面の向こうで顰めっ面を作ってはいるが、なんにしてもヤンヤンの所属プロダクションの代表取締役として何らかの手は打たねばならない。 「とにかく!先輩が帰れるようにどうにかしますから、連絡するまでは絶対そこを動かないでくださいよ!顔も見せちゃダメですからね!」 「わ、分かったよ、アッテンボロー…」 アッテンボローから連絡が入るまでの半日間、ヤンは外の騒ぎから逃れるためにシェーンコップのベッドを占領し布団を被り続けた。
シェーンコップはと言うと、次から次へとかかるヤンヤン☆闇☆親衛隊の元・ヤン艦隊幕僚の呪いの電話をヤンに聞こえないように別の部屋で処理していた。 そうして半日後、アッテンボローからの連絡が入り、その内容は次のとおりだった。 「記者会見をすることになりました!その代わり今マンションを囲んでいる報道陣には引き上げてもらいます!先輩は今から迎えに行く薔薇の騎士連隊のボディーガードと一緒に会社に帰ってきてください!逃げてもダメですからね!!!」 内心このままどこかへ行ってしまいたい、という心情を見透かされて釘を刺されたヤンは渋々ながら頷いて見せる。
こうして【新世紀アイドル☆ヤンヤンの熱愛発覚!?記者会見】が帝国放送までをも交えて執り行われることとなったのであった。
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