『そもそも最初から、こんなことを引き受けなければよかった…』
記者会見の席上でヤンは激しく後悔していたが、往々にして人生とは避けたい運命ほど我が身に降りかかってくるものだ、と持論を心で呟いてみたりしている。 報道陣の写真責め質問責めに合いながら、頭の中では人生についてとか考えている時点で解決方法を間違っているのだが、それは現実逃避というヤンなりの精神安定手段なのだった。 「ヤンヤンさん!黙ってないでなんとか言ってくださいよ!なんのための記者会見なの!?」 黙りこくっているヤンヤンに報道陣も痺れを切らして口調が荒くなる。 今日の記者会見に際して、ヤンはアッテンボローからいくつかの指導を受けていた。 「相手は誰なんですか!?」 その一。『相手については事実を言うこと』 これはシェーンコップの顔がヤンヤンのボディーガードとして売れている以上、隠し立てする方が疑惑を招くからだ。 ヤンは意を決して、上目遣いに報道陣を見て、ピンクのルージュが塗られた艶のある唇を開いた。 「えっと、その、彼は私のボディーガードをしてくださっている警備会社の方で、別に付き合っているとかそういう事実はありません」 ヤンヤンが今日初めて口を開いたことで、会見会場にどよめきが起こる。 帝国放送のカメラを通じて生放送を見ているラインハルトも、画面の向こうで唸った。 「ヤンヤン!なんて可愛らしいんだ!そうだ!ヤンヤンに付き合っている男などいるものか!」 その二。『マンションに泊まった理由はシナリオどおりに言うこと』 その三。『シェーンコップのことはボディーガード以上には思っていないことを主張すること』 「じゃあ、どうして彼のマンションに泊まったんですか〜?」 ヤンヤンの発言を信じていないことがありありと窺える報道陣の笑いを含んだ質問に、ヤンはアッテンボローの書いたシナリオのメモ書きを机の下で広げた。 それを見るために俯いたのだが、画面の向こうのラインハルトにはヤンヤンが心ない報道陣の発言にショックを受けたように見えた。 「キスリング!今の男が誰か調べろ!ヤンヤンを悲しませるような輩は生かしておけぬ!」 「はっ!」 キスリングは取り敢えず男の特徴をメモした。ラインハルトがこんなことで皇帝の権力を行使するとは思えないが、ここはとりあえず合わせておかないと自分の身が危うそうだからだ。 「え〜っとですね…、あの日は『愛と宿命のイゼルローン』の撮影現場で気分が悪くなったんです。でも、いつもの付き人の方が休みを取られていて、代わりの方も帰られた後で、社長にも連絡が取れなくて、私は自宅に帰ろうと思ったんですけど、意識が朦朧としていて…私の自宅は警備の方も知らないので、とにかくいったん何処かで休まないと、ということで警備会社の方が自宅で休ませてくださって…」 棒読みにならないように気をつけながらヤンはしどろもどろに説明する。 アッテンボローが考えたシナリオだが、ヤン自身が読んでもツッコミどころが満載な気がする。 「なんで自宅なんですか!?会社でもいいじゃないですか!」 それを報道陣が見逃すはずもなく、鋭い声が飛んだ。 「えっ、と…それは…その」 「会社より自宅の方が近かったからだが、そんなにご不満かな?」 突然会見会場の扉が開いて、聞き慣れた声がヤンに届いた。
「あ!ヤンヤンのボディーガードだ!」 シェーンコップの顔を知っている報道陣が声を上げる。 途端にカメラのフラッシュが一斉に焚かれ、シェーンコップは不敵に笑った。 アッテンボローが顔を顰めて唸る。これはアッテンボローの予定にはなかった行動だ。 ヤンも茫然とシェーンコップを見ている。 「ヤンヤンとはどういう関係なんですか!?」 「あなたの口から真実を聞かせてくださいよ!」 殺到する報道陣をものともせず、シェーンコップは大股でヤンヤンに向かって歩いた。 TVカメラがシェーンコップの動きを追う。 「なんだあいつは!あれがボディーガードだと!?随分と不遜な態度だな!」 それを見ていたラインハルトがくやしげに画面を睨み付けた。 「ボディーガード…ということは、かなり近い位置で一日中べったり…」 「…!!!」 なんの気なしに呟いたキスリングだったが、ラインハルトの金色の毛が逆立ったような気がして口を噤んだ。 ヤンヤンの席の手前1メートルの位置で立ち止まったシェーンコップに、ヤンはどうしてよいのか分からず不安そうな顔でアッテンボローに視線を向けた。 しかしアッテンボローにとってもシェーンコップの行動は予想外だったので、なんの指示もできないでいる。 「体調はいかがですか?ヤンヤンさん」 「え…ええ、おかげさまで、だいぶよくなりました」 取り敢えずシェーンコップに合わせるしかないと判断して答える。 報道陣も、画面を見つめるラインハルトをはじめとする全宇宙のヤンヤンファンも息を潜めて二人のやりとりを見守った。 「そうですか、それはよかった。ところで今日は私の恋人を紹介しようと思いましてね」 「え…?」 そう言ってシェーンコップは懐から1枚の写真を取り出した。 「あなたにはお見せしたことはありませんが、私の恋人のユリアです。可愛いでしょう?」 「…ユリア…ええっ!」 手渡された写真にはシェーンコップと、彼の逞しい二の腕に抱きついている亜麻色の髪の少女…に見える見覚えのある顔。(でもなんか目が恐い気がするのは私の気のせいだろうか…) 「いやあ、こんな形で紹介するつもりはなかったのですが、なんだか貴女との仲を誤解されているようで、彼女が怒ってるんですよ。せっかくなので、この場をお借りして世間の皆様に私と貴女がまったく関係ないことを主張してこいと脅され…いや、お願いされてしまいましてね」 「そ、そうですか…それは…あなたの恋人の女性にも悪いことをしました」 どうしてユリアンまで女装しているのか、その上自分がシェーンコップの恋人だと主張してこいなんて言うのか、そんなことはともかく、そもそもユリアンは地球に行ったはずではなかったのか…。 ヤンは激しく混乱したが、よく考えればこの好機を逃すわけにはいかないことに気が付いた。すかさず報道陣の方を向いてにっこりと微笑む。 「では、もう一度はっきり言わせていただきますわ!私とこちらのボディーガードのシェーンコップさんとは、お仕事のお付き合いしかございません!これ以上そのようなことを言われるのでしたら私は引退させていただきますわ!」 発言の前半よりも後半の部分で会場がどよめいた。 ヤンとしては内心の希望が言わせたセリフだったが、焦ったのはアッテンボローだ。 「ヤンヤン!何を言うんだ!こんなことぐらいで引退なんて言うものじゃない!」 司会のマイクを放り出してヤンヤンの席へ駆け寄ってくるアッテンボロー。 再び報道陣のカメラのフラッシュが激しく光る。 「ヤンヤン!僕たちの(軍資金を稼ぐという)夢は、まだ始まったばかりなんだ!君も一度決めたことは最後までやり遂げないとダメだ!」 「アッテン…いえ、社長!ごめんなさい!私が軽率でしたわ!もっと(軍資金を稼ぐために)我慢しないといけませんでしたわ!私、もっともっと頑張ります!たとえ行く先にどんな苦難が待ち受けていようとも!私の(年金がもらえないなら軍資金で養ってもらうという)夢のために頑張ります!」 「そうだ!ヤンヤン!(軍資金という)夢のために僕らは頑張るんだ!」 手を握り合う二人をズームで捉えるTVカメラ。 今にも夕日に向かって走り出して行きそうな二人に、報道陣は質問も忘れて見入っていた。 そして生放送の記者会見は今や青春ドラマと化し、全宇宙に放映されていた。 「ヤンヤン!貴女は素晴らしい!」 そしてラインハルトも画面に向かって感動の涙を流している。 その涙(ならまだしも鼻水らしきものまで)を拭っている布地は何故かキスリングの軍服であったが、もはやキスリングには何も語るべき言葉はなかった。 いつの間にか会場からはシェーンコップの姿が消えている。 「…え〜、最後にひとつ質問いいですか〜?」 熱愛騒動が収まってしまっては、記事にすべきスクープがなくなってしまうため、困った記者が手を挙げる。 「なんですか?通常の質問ならお聞きしますよ?」 余裕の表情で記者へ答えるアッテンボロー。 ヤンは少し緊張した面持ちで記者を見ている。 「え〜と、ヤンヤンさんの好みのタイプってどんな方ですか?」 「好みのタイプ…?」 アッテンボロー作成の記者会見想定質問事項にあったような気がして、ヤンは手元のメモを見た。確かに終わりの方に書いてある。 その十。『好みのタイプを聞かれたら絶対に周囲にいそうにないタイプを挙げること』 「ええと…」 ヤンは周囲にいる同性たちを思い浮かべる。いそうにないタイプを言えと言われても、まったくモデルがいないのでは表現のしようがない。 とりあえず周囲にいない人間で、思い浮かべられる人間を考えてみた。 (そうか、帝国軍の誰かでハイネセンにいない人を言えばいいんだ!えっと、20歳の女の子が好きそうな帝国の人…) 「ヤンヤンさん、いかがですか?」 他の報道陣もこのままでは引っ込みがつかないため、ヤンヤンにカメラやマイクを向けてくる。ヤンは焦って口を開いた。 「…お」 「お?」 「王子様!!」 「王子様?」 ヤンの恋愛に関して貧困な発想では「女の子は王子様が好き」というような偏った想像しかできなかった。 アッテンボローも目を瞠ってヤンを見ている。 「ええっと、その、王子様みたいな人がいい!…です」 そう言いながらヤンは心の中で『王子様みたいな人』を思い出そうとして、ある人物に辿り着いた。 (あっちはヤンヤンのことなんて知らないだろうし、別にいいか!) 「そう!髪は金色で、瞳は薄いブルーで、きりっとした綺麗な顔をしてて、それでいて誰よりも強い王子様みたいな人が私の好きなタイプです〜!」 両手を胸の前で組み、立ち上がったヤンヤン。 この場を乗り切った!という高揚感にヤンは頬を紅潮させ、潤んだ瞳をTVカメラに向けて微笑んだ。 TV画面の向こうでは、そんな魅力的なヤンヤンにノックアウトされ鼻血なんか出しちゃってる男たちの死屍累々。(Aがつく街には「萌え〜」という叫びが響いたとか…) そして、しんと静まった皇帝執務室隣の応接間に響く低い笑い声。 「ふっ、ふふふふふふふ…」 下を向いて笑うラインハルトの背中は震えていた。 声を掛けることが躊躇われ、出しかけた手を引き戻すキスリング。 「聞いたか?キスリング…」 「は、はい!」 ラインハルトの低い問い掛けに、キスリングは緊張した面持ちで答えた。 「ヤンヤンの好みのタイプに最も近いのは誰だと思う?」 「…我が皇帝以外には思い浮かべることができません」 ラインハルトの望む言葉を返そうと思わずとも、例え問われたのがキスリングでなくとも、他の答えを返せる者は存在しないであろう。 「そうだな!そうだろう!つまりヤンヤンは余が好きだということだな!」 好みのタイプに出逢っても必ずしも恋に落ちるとは限らないとキスリングは知っていたが、ここでそれを言うことは憚られた。
このように生き生きとした主君の姿を見るのはキスリングにとっても久方ぶりのことであったからだ。 「よし!キスリング!余はきっと何時の日にかヤンヤンを皇妃に迎えてみせる!そのためにも一刻も早く銀河を完全に統一してみせるぞ!」 「はっ!」 神々しいまでの美貌に猛々しい笑みを輝かせてラインハルトは宣言する。 銀河の歴史がまた新たな方向へ動き出そうとしていた。
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